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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)12417号 判決

原告

中川和彦

被告

中元静香

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一二八万二七一〇円及び内金一一六万二七一〇円に対する平成元年八月九日から、内金一二万円に対する平成六年一二月一五日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは原告に対し、連帯して金八〇四万九四八五円及び内金六八五万九四八五円に対する平成元年八月八日(事故日)から、内金一一九万円(弁護費用)に対する平成六年一二月一五日(訴状送達の翌日)から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、乗車中のタクシーが中央分離帯に衝突し負傷した原告が、右乗務員に対しては民法七〇九条に基づき、タクシー会社に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づいて、顔面醜状の後遺障害に基づく逸失利益等の損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生(争いがない)

〈1〉 日時 平成元年八月九日午前二時五〇分ころ

〈2〉 場所 富田林市若松町西二―一六八七―三(国道一七〇号線)先交差点

〈3〉 事故態様 原告は、被告中元静香運転のタクシー(以下「被告車」という。)に乗客として乗車中、被告中元がタクシーを右交差点の中央分離帯に衝突させた

2  原告の負傷(甲二)

原告は右事故により、顔面裂創及び挫創、頭部打撲傷、頸椎捻挫等の傷害を負つた。

3  被告らの責任原因

〈1〉 被告関西中央交通株式会社は、被告車の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当する(争いがない)。

〈2〉 被告中元は、居眠り運転により被告車を中央分離帯に衝突させた(原告本人、弁論の全趣旨)。

4  原告の治療経過及び治療費(争いがない)

原告は、平成元年八月九日から平成五年七月二〇日まで治療を受け、その間の入院日数は二九日、実通院日数は四七日である。またその間の総治療費は一五六万五九六六円である。

5  原告の後遺障害(甲一二、三五、検甲一ないし四、弁論の全趣旨)

原告は、平成五年七月二〇日、症状固定の診断を受けたが、右眉下から右頬にかけて長さ約一三センチメートルの手術痕が残り、自動車保険料率算定会においても自動車損害賠償保障法施行令二条の別表後遺障害別等級表一二級一三号の認定を受けている。

6  損害の填補(争いがない)

原告は、被告らから治療費として金一四七万二五〇六円、損害賠償内金として金四〇万円、自賠責保険から金二一七万円、合計四〇四万二五〇六円の損害の填補を受けている。

二  争点

損害額全般、特に後遺障害による逸失利益

この点に関する原告の主張は次のようなものである。

原告は、高島屋大阪店に出店している書籍販売業を営む株式会社鉢の木の代表取締役であるが、その代表者として書籍の仕入れ関係先と会つたり、店舗の接客にあたる等の営業活動を行つているが、顔面の醜状が対人関係に及ぼす悪影響並びに初対面の人に顔を見つめられたり、傷のことを尋ねられたりすることによる精神的苦痛が大きく、対人折衝に消極的になり、仕事の能力低下をもたらしており、その労働能力の喪失割合は一〇パーセントに及ぶ。

よつて、原告の年収五五九万円を基礎として、一〇年間にわたり右労働能力の喪失があるものとして、一〇年に相当するホフマン係数七・九四五を乗じた金四四四万一二五五円(五五九万×〇・一×七・九四五)が原告の逸失利益となる。

第三争点に対する判断

一  文書料五一五〇円(請求一万五七五〇円)

寺元記念病院につき三〇九〇円(甲五)、近畿大学附属病院につき二〇六〇円(甲二四)

二  入院雑費 三万七七〇〇円(請求同額)

一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であり、右金額に争いのない入院日数二九日を乗じて求められる。

三  通院交通費 一万一七〇〇円(請求七万四二五〇円)

原告の供述によれば甲三二の一ないし三八は、原告の母が入院中の原告を見舞つた際の交通費を含むうえ、日付の記載のないものもあるので正確な算定はできないが、右各証拠と甲二によれば原告は寺元記念病院に六日通院し、概ね片道にタクシーを利用したこと、その料金は少なくとも一九五〇円を要したと認められるから、本件事故と相当因果関係がある交通費を金一万一七〇〇円(一九五〇円×六日)と認める。

なお、原告の右頬部の傷害は、事故後しばらくの間、相当人の目につくものであつたから(検甲五ないし八)、原告が通院に際して公共交通機関を利用しなかつたことに相当の理由がある。

四  休業損害 三〇万円(請求六二万六六六六円)

証拠(原告本人、甲三三)によれば、原告に実際に生じた休業損害は三〇万円にとどまると認められる。

五  逸失利益(請求四四四万一二五五円)

原告(昭和三六年九月一二日生)には前記(第二の一の5)のように右眉下から右頬にかけて長さ約一三センチメートルの手術痕が残り、原告が接客を不可欠とする仕事に従事していること(原告本人)から考えると、原告が逸失利益の賠償を求めることもあながち理由がないわけではない。

しかしながら、証拠(検甲一ないし四)によれば、症状固定時における右手術痕は線状痕であること、その回りにひきつれ等は認められず、また周囲の皮膚と際立つた色の違いが認められないことからすれば、原告と対面する者が不快感や嫌悪感を抱いて原告の仕事に差し障りが生ずるとは考えられないし、実際原告の収入や店の売り上げが減少したとも認められない。

原告は現在でも全体的には温厚な容貌であり、右手術痕によつて対面する人に恐れを抱かせたりするとは考えられず、仮に初対面の者が当初何らかのマイナスの印象を受けたとしても、原告の人柄によつて容易に解消できる程度のものと考えられる。したがつて、原告の右後遺障害が労働能力に影響を及ぼし、逸失利益が生じるものと認めることはできない。

これに関して原告の抱く不安は現在の心理的苦痛として評価し、後遺障害慰謝料算定にあたり充分斟酌すべく、かつこれをもつて足りるものと解する。

六  入通院慰謝料 四〇万円(請求五〇万円)

前記(第二の一の4)入通院期間に鑑み右金額を相当と認める。

七  後遺障害慰謝料 二八〇万円(請求三〇〇万円)

原告の前記後遺障害の部位、内容、程度、前示のとおり原告に逸失利益が認められないこと、原告が右後遺障害の存在のため対人関係に自身をもてずに悩んでいること、右後遺障害を蒙つたのは専ら被告側の過失によるもので原告には全く帰責性がないこと、その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額が相当と認める。

八  眼鏡等の損傷 八万四七〇〇円

(請求二四万〇四〇四円 内訳 〈1〉 眼鏡八万〇五〇〇円、〈2〉テレビレンタル料四〇〇〇円、〈3〉クリーニング代四七〇〇円、〈4〉 シヤツ、ネクタイ代二万五五四四円 〈5〉背広代八万四四六〇円、〈6〉時計修理代 四万一二〇〇円)

〈2〉のテレビレンタル料は入院雑費として評価されるべきものであるから、理由がない。〈3〉(甲二七)については全額本件事故と相当因果関係がある。

それ以外の物は本件事故によつて損傷し、原告がそれぞれ買い換えや修理代の右各出費をした(原告本人、甲二五、二八ないし三一)ものであるが、損傷した眼鏡や衣服の事故当時の時価は明らかではないし、原告供述によれば、時計も動いていたのであつて表面の傷の修理にとどまるものであるからその全額を被告に負担させるのは妥当でない。〈1〉、〈4〉、〈5〉、〈6〉の合計額二三万一七〇四円の約三分の一に相当する金八万円を本件事故と相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。これと〈3〉の合計は八万四七〇〇円となる。

第四賠償額の算定及び結論

一  第三の一ないし四、六ないし八の合計三六三万九二五〇円と前記(第二の一の4)争いのない治療費一五六万五九六六円を加えると五二〇万五二一六円となる。

二  右金額から前記(第二の一の6)の損害填補額金四〇四万二五〇六円を控除すると一一六万二七一〇円となる。

二  弁護費用 一二万円(請求一一九万円)

本件事案の内容、審理経過、右二の金額等の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護費用として被告が負担すべき金額は一二万円と認められる。

四  前記二の金額に右額を加えると、計一二八万二七一〇円となる。

五  よつて、原告の被告らに対する請求は、金一二八万二七一〇円及び内金一一六万二七一〇円に対する本件事故の当日である平成元年八月九日から、内金一二万円に対する被告らに対する訴状送達の翌日である平成六年一二月一五日から、各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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